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ある離教した姉妹の証

ここ数年、社会派のキリスト教会が主催するボランティアに参加しています。
昨年そのNPO法人でスタッフをしていた、元食口の姉妹が天に召されました。
その姉妹がどのような経緯で統一教会を去ったのかは知りませんが、キリスト教に改宗しても兄弟姉妹の思い出が、忘れられなかったのだそうです。

その姉妹の死を境に、ずっと持続していたボランティア活動が一時休止するという出来事がありました。
先日久しぶりに再開したので参加したところ、代表の牧師さんが心境を吐露してくれたのです。
その姉妹を失って、立ち直るのに半年以上掛かった、親が死んでもあそこまでは落ち込まなかったと。

闘病生活の終幕にその姉妹は、牧師さんにこう言ったのでした。
「イエス様の元に行けるので死ぬのは怖くないけど、やっぱり悲しいね」と。
牧師さんは胸が締め付けられるような思いで、「あなたは本当にすごい、尊敬するよ」と言ったそうですが、極限状態だからこそ見える物事の本質があるのです。

なぜ永遠の生命と十字架の救いを信じる牧師さんが、心安らかに姉妹を送ってあげられなかったのか?

その姉妹は本来であれば、再臨主に出会い祝福を受けて、天国に入籍する神の計画がありました。
しかし願い叶わずキリスト教に改宗し、さびしく天に召されることになったのです。
神様には親としてもっともっと、幸せにしてやるはずだったのにという、すまない気持ちがあるはずです。

私はその牧師さんを心から尊敬しています。
いずれ天に召される日には数千人が葬儀に訪れるであろう、ひたすら地域でために生きてこられた方です。
愛のかたちを極限まで追及された方だからこそ、心の深いところで神様の心情に、触れたのかもしれません。

今回私は妻と子どもを連れて、はじめて家族で参加しました。
内容はともかく祝福家庭の姿を牧師さんにお示しして、どのようなインパクトがあったかは分かりません。
私はこれまで、家庭連合も私自身もグダグダで中身がないので、牧師さんを伝道する資格なんてないと思っていました。
信仰に関する話は一切せず、あえて俗っぽい人間のように振舞っていました。

しかしそれは人間的な思いであり、霊的な位相はあくまで逆だというのです。
牧師さんが素晴らしい人格者であれば、なぜ私の方がもっと道徳的権威を身につけるように努力しないのか、と。
祈りの中でそのことに気付いたとき、いつか牧師さんに祝福を授けることを決意せざるを得ませんでした。
またいまは霊界祝福という道が閉ざされているとしても、その姉妹の救いのためにも祈るべきだと思いました。

天宙史的葛藤を経て、世界はいまだ暗闇に包まれているように見えます。
「夜明け前の瞬間が一番暗いのである」という言葉の通り、黎明のときが近づいているのかもしれません。




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Be yourself, no matter what they say.



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「真の父母は一つであるべき」と信じたい人へ

前回記事の末尾に私は、「父(八大教材)に従うのか、母に従うのかという究極の選択を迫られている」と書きました。
家庭連合の食口があらゆる根拠を挙げて、「真の父母最終一体」を信じたがっていることは知っています。

聖和7周年の記念式では、オモニからアボジに宛てた心情的な手紙が朗読されました。
この文章は実践婦人の心を鷲掴みにしたようで、手紙を毎日訓読することが奨励されているようです。

その後ギニア湾の小国サントメ・プリンシペで「アフリカ・サミット」が開催され、開催国が「天一国のモデル国家」と認定されたそうです。
現地に行って確認する術もない日本食口は、大本営発表を素直に受け止めて独生女を賛美することでしょう。

しかし私にとってこれらの材料は全て、「真の父母が一体となっている」根拠にはなり得ません。
八大教材を訓読すらされないオモニの動機が、全く別にあると確信しているからです。

平和神経(平和メッセージ)を訓読すると、当時の国際情勢でどのように平和運動が展開されることになっていたのか、再臨主のビジョンを垣間見ることができます。
2000年半ばからアボジは平和大使を任命され、祝福家庭と同レベルのみ言葉教育を施されました。
幾つかのイベントで平和大使を拝見しましたが、良心基準が高く、道徳的権威がにじみ出る素敵な方が多かったのです。

平和大使渉外の目的は、「各種大会に彩りを寄せる」ことや、「動員ノルマの帳尻合わせ」にはありませんでした。
み言葉で教育して、同じ理想を抱いて連携することが狙いだったのです。

当時幾つかのみ言葉は、対外的に理解されるだろうかと疑問を抱くような内容もありました。
ところがその後の国際情勢や文化共産主義の台頭を振り返るとき、そのようなみ言葉で理論武装しておく必要性があったのだと、今更ながら気付くのです。
アボジの遺業とは、形式的な大会動員によって勝利を(霊界に向かって)宣布した点にあるのではなく、未だ実現を見ないビジョンと理想を提唱(預言)した点にあると見るべきでしょう。

平和メッセージには、人類の存在理由(raison d'être)がこれ以上ないほど明確に定義されます。
オモニは見かけ上「神の摂理」を謡っているようですが、ビジョンと具体性において平和メッセージとは雲泥の差があります。

オモニにとって「教育」とは「独生女を全人類に知らしめること(=私を尊敬せよ)」であり、台頭する文化共産主義に耐える内容はありません。
家庭連合には、LGBTの何が問題か説明できない食口が増えて行くことでしょう。
真理とは、「信じたい人だけが信じるローカルな信条」を超えた、「普遍性」こそが鍵だと言うのに。

口癖のように語られる「責任を果たせ」も、具体性がないので右から左に流れておしまいです。
日本食口に限って言えば「責任」は、教団に都合良く以下のように解釈されるのですが。
・摂理献金せよ
・先祖解怨を完遂せよ
・上記を果たせる新規家庭を430家庭伝道せよ
・祝福2世も、親と同じ責任を果たすよう教育せよ

家庭連合は今後、神の摂理とは無関係に彷徨うことになるでしょう。
しかし献身的に支える日本食口がいる限り、消滅することもできないのです。
その有様は、limbo(辺獄)と呼ぶにふさわしいのかもしれません。


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母が果たせずに誤ったならば

八大教材の「平和の主人、血統の主人」にこんなみ言葉があります。
み言葉
 祝福二世たちがたくさん集まりました。誰がそのようにしたのですか。今まで誰もできませんでした。ただ一人の人物だけがなすことができたのです。このように見るとき、私も心配がありません。アメリカを捨てていくのですが、教材を作りました。母の教材であり、皆さんの教材です。母が果たせずに誤ったならば、「お母さん、悔い改めてください。生きる道がありません」と言えるような皆さんにならなければなりません。母を再び祝福できる教材が出たので、訓読会の祖となるのは皆さんしかいません。二世が家庭訓読会のリーダーになります。そうでなければ、誰もそれをなすことができません。

「平和の主人、血統の主人」は比喩的な表現が多いため、「暗号に隠された秘密」について研究する人もいます。
何度か訓読すると、人生の最後の局面で遺言を残そうとする心情を、感じ取ることができます。

引用箇所は普通に読み流せば、「母親が脱線しても二世が責任を持てば良い」という一般論に聞こえるかもしれません。
しかし真の母が「最終一体」を成せなかった現実を直視したとき、突如この箇所がリアリティを帯びてくるのです。

アボジの聖和後、オモニの実体そのものが神となり法律となりました。
「最終一体の真の父母は直接主管圏であり、神と一体だから、語ること行動すること全てが無謬(むびゅう)」という神学が構築されたからです。
このような考えに固執する食口には、もはや付ける薬はないと言って良いでしょう。

一方「真の父母は一体でない」というリアルに直面したことで、アイデンティティクライシス(心理的な危機状況)に陥る食口も出現しています。
「信仰なんてしょせんそんなものだ(信じたいように信じれば良い)」と達観したり、「幸せな家庭を築けばそれで良いじゃないか」と小市民的に妥協したり、スピリチュアルのような汎神論に流れたり、様々なケースを見てきました。

思い返して頂きたいのは、八大教材は再臨主の遺言であり、遺言を訓読して神のみ旨を実現することは、あなた自身の責任分担であることです。
オモニが正しい道を行かれているかどうか、確信がないという人は、神様に談判するような覚悟で訓読したら良いと思います。

私はブログをはじめた当初から変わらずに抱いている、信念があります。
分裂した統一家を一つにする手段は、訓読会しかないという信念です。
最近、天聖経(黒)の訓読が12巡目を越えました。
赤い天聖経などあれこれ読んだので回り道をしたのですが、今年は年4回通読できるペースで読んでいます。

しかし家庭連合の食口にそういう話をしても、「だから何?」という鈍い反応しか返ってきません。
実践婦人のお気に入りのみ言葉は、「真の父母経」だそうです。
最近は聖和7周忌の式典で補佐官によって代読された、「真のお母様の書簡」を訓読しているのだとか。

祝福家庭はいま、父(八大教材)に従うのか、母に従うのかという究極の選択を迫られているのだと思います。

過去記事
「八大教材が遺言」は絶対譲れない



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真の母には3%の責任があった

虚偽に満ちた金鍾奭著『統一教会の分裂』 軌を一にする郭錠煥著『事必帰正』の反論は総じて、人間の責任分担の概念が欠落しています。
予定論では、神のみ旨は絶対であるのに対し、み旨の成就は相対的、つまり人間の責任分担次第であることが説明されます。

基元節を目指してアボジが、「真の父母最終一体」などの宣布をされたのは事実です。
宣布という神のみ旨は必ず成就されないといけませんが、宣布したことで無条件・自動的に摂理が完了するのではありません。
金鍾奭教授はオモニの責任不履行の根拠となる数多くのみ言葉を引用しているのに対し、教理研究院の反論には責任分担を果たしたという根拠に乏しいです。

オモニの責任分担のキーワードは、“3%”です。
青色は教理研究院、茶色は金鍾奭教授のみ言葉引用。
引用開始
第三章 「韓鶴子の不従順」の誤り
(15)お母様を神様の夫人に再創造(2009年7月13日)
男性の血肉と女性の血肉が和合して、息子娘の生命の起源、女性と男性の起源となるのです。ところで、精子の旅行の道でいまだに出会ったことがないのです。神様が女性に出会ってみましたか?そう。神様は文総裁が必要です。神様は真の父母にはなれません。一人でどうしてできる。お母さんを再び作らなければなりません。再び作ろうとしていますが、九十歳になった今までお母さんを自分の妻として愛することができません。育てているのです。後3%が残っています。3%。その3%をするのに、国と世界の上でしなければならない、国の外では駄目なのです。国の上で100%以上に上がらなければならないのです。

(16)お父様が行かれる最後の峠(2009年4月22日)
私が神様の母の位置を探していかなければならず、真の父母の母を探さなければならず、真の父母の子宮を探し、入らなければならないのです。そうでないようになれば、真の父母と真の主人と真の王が生まれる道がないのです。精子の旅行の道は、お母様を探して億万年、師匠を探して億万年、主人を探して億万年です。万年ずつなので三万年、相対まで入れると六万年が過ぎるのです。六千年が過ぎたというのです。旅行道はまだどうですか。先生が定着しましたか。
 ラスベガスに行って談判しなければなりません。女が淫乱の種をばら蒔いておきながら、自分を主張して男のてっぺんに上がろうと言うのです。ラスベガスに行けば、それは女の世界です。淫乱の王国です。レバレンド・ムーンがその淫乱の王国にお母様を連れて行って、『お母様も先生の肩の上からてっぺんに上ろうとしますが、そこでお母様の言葉に屈してはならない』。これです。97%をお母様に全て投入しましたが、3%だけは…。私が絶対97%に120%までしました。23度を加えて、私に返そうという気持ちがないときは、精子の種がお母様のお腹の中に入ることができないということが、統一教会の師が行く最後の峠、境界線を越える位置です。どれほど深刻か分かりません。

引用終了

「3%の責任」に対する教理研究院の説明は、「お父様がこうおっしゃったからこうなのだ」というみ言葉の引用しかありません。
引用開始
真のお父様は、同年4月11日の「真の父母様御聖婚五十周年記念」の早朝訓読会で、「ラスベガスで、もう97%まで越えて、3%残った峠を越えることができます」と語っておられます。
引用終了

教理研究院は、人間の責任分担の概念を理解していないか、知ってて敢えて無視しているようです。
「97%まで準備してやった、残り3%はオモニ次第だ、(責任を果たせば)その峠を越えることができる」とアボジが語ったとしても、実際に越えるのはオモニ自身であることを忘れてはなりません。
「越えることができる」は責任遂行のための必要条件ではありますが(できない試練は与えないので)、宣言したことで自動的に越えたという十分条件ではないのです。

少し時間が遡るのですが、3%の責任分担を具体的に記したらしいみ言葉がありました。

引用開始
(2)越えるべき二つの峠について(2002年1月23日)
蕩減時代には父母様が難しいことを独りで直面するのであって、・・・お母様も今は知らないのです。先生が先頭に立って何をしているのか。それを教えてあげると、苦痛を一緒に受けなければならないでしょう?いつもそのように考えてはいけないのです。最後には、自分が同参しなければなりません。先生が責任を負ったのは、世界的ですが、先生がいなくなるときには、お母様が責任を負わなければならないのです。・・・だから絶対に引っかかるなというのです。・・・今からは二つの峠しか残っていないのです。それをお母様は知りません。それが何であるか知らないのです。今、一番残ったものは何でしょうか?経済問題です。お金の問題、その次に息子の問題です。…お母様の責任が何かというと、それです。お金を主管して、息子を主管して夫の前に捧げなければなりません。
引用終了

教理研究院は、オモニがアボジの聖和後ヘリコプターを売却して二世の奨学金に宛てた事実を根拠として、「お金の主管」と「息子の主管」を立派に果たされたと主張します。
オモニが本当にこれらの責任を果たされたかどうかは、読者の判断に委ねることにしましょう。

私自身、後出しじゃんけんのようにオモニの責任について言及するのは気が進みませんでした。
「それはお母様自身の責任なのだから(口を出すべきではない)」と考えることを放棄すれば、どれだけ楽でしょうか。

しかし私たちは、「神のみ旨が成就しようがしまいが、どちらでも構わない」という傍観者であってはなりません。
中心人物の責任不履行によって摂理がどのように延長されるか、当事者はどのように現実を見据えるべきなのか、聖書歴史が教えてくれたのではなかったでしょうか。

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統一教会の皆さんの「馬鹿げた行動」

虚偽に満ちた金鍾奭著『統一教会の分裂』 軌を一にする郭錠煥著『事必帰正』では、『統一教会の分裂』で引用されたみ言葉を茶色で、その前後や省略されている部分を青色で表示し、分派の解釈は恣意的で悪意があると主張します。
まずは先入観なしに、青字と茶色字のみ言葉を通してお読みください。

引用開始
第三章 「韓鶴子の不従順」の誤り
(18)お母様しか神様の夫人の位置に立てられない(2009年7月12日)
神様が協助をせず、霊界が協助をしないので、霊界が協助できる勝利的基盤をつくらなければなりません。神様が協助できる勝利的基盤がどこにありますか?自分自身の中にありません。先生をつかんで行かなければなりません。先生も今まで絶対信仰、絶対愛、絶対服従で束ねてきたのであって、別の何もありません。私の言葉がなく、私の主張がありません。
 お母様はどれほど大胆なのか分かりません。このような原理原則を中心として天の国の天法生活に入っていくようになるとすぐに引っかかる状況がたくさんあることを知らず、心の行くままに生きています。そこに引っかからないように私が垣根をつくってあげ、蘇生時代から国家解放圏までもお母様を保護してあげる責任を今、しています。垣根になるそれが、自分の垣根圏と同等な位置でなされるのではありません。先生が築いてあげた垣根となる前にはできません。
 お母様がどのように神様の夫人の位置に出ますか?堕落した女として、どのように真の父母の夫人の位置に出ますか?真の僕の夫人の位置もできないで、追いかけ回されてです。それを殺してしまおうとするのにというのです。そのような人をつかまえて神様の夫人の位置に立てますか?そのようなことができる馬鹿げた行動がどこにありますか?統一教会の皆さんがそうなのです。
引用終了

争点は、「馬鹿げた行動」が具体的に何を意味するかです。
教理研究院は、金鍾奭教授が最後の文章を省略していたことを根拠にこう反論します。

引用開始
 『統一教会の分裂』は、最も重要な部分をカットしています。それが、最後に訳した「統一教会の皆さんがそうなのです」の部分です。
 この一文が入ることで、真のお父様が指摘しておられる「馬鹿げた行動」の人物とは、真のお母様ではなく「統一教会の皆さん」であることがはっきりします。
引用終了

なるほど、統一教会の皆さんの「馬鹿げた行動」を諫める文脈であることは理解しました。
では具体的に、どのような行動が「馬鹿げて」いたのでしょうか?

引用開始
このみ言葉は、真のお父様が、真のお母様以外の統一教会の女性たちに対して、「皆さんを神様の夫人の位置に立てることはできない」、「お母様しか神様の夫人の位置に立てられない」と言及しておられるみ言葉だったのです。
引用終了

はじめから通して文章を読まれた方は、???と感じたことでしょう。
この文章は幾つかの指示語で連結されていますが、ずっと遡っても「皆さん(統一教会の女性たち)を神様の夫人の位置に立てる」という話は、どこにも語られていません。

指示語を素直に辿って行くと、「神様の夫人の位置」に立とうとされているのがオモニであることは明白です。
つまり「統一教会の皆さん」の「馬鹿げた行動」とは具体的に、「そのような人(オモニ)をつかまえて神様の夫人の位置に立て」ることです。

この引用だけでは、「神様の夫人」が何のことか不明です。
しかしこの1年後、鮮文大学の呉澤龍講師(当時)が作成した「真のご父母様の生涯路程と新しい創造史」という教材が発表されました。
これはオモニがどのように「神様の夫人の位置」まで上がったかを解説する「真のお母様生涯路程」とでも呼ぶべき内容で、当時の亨進世界会長(当時)とオモニが推進されたそうです。

2011年12月4日、亨進様は天福宮の聖日礼拝でこのように語られました。
「2012年1月28日(陰暦1月6日)真の父母様のご聖誕日に挙行される結婚式は神様と真のお母様が結婚し、真のお母様が神様の夫人になる行事です。この行事のために真のお母様は真のお父様から耐え難い修行を受けていらっしゃいます」

「神様の夫人となる結婚式」は後に発覚して、アボジから大目玉を喰らったそうです。
「最終一体」を宣布されたオモニは原理的には、神様の夫人の立場まで上がることが約束された方でした。
宣布を実行するために儀式を行ったのに、なぜ叱責されないといけないのでしょうか。

ここでも、神の予定は人間の責任分担次第という予定論が効いてきます。
亨進様と呉澤龍講師が先走ったのは、オモニにも自ら果たすべき責任(秘密文書の約束履行)があることを見逃していたからに他なりません。

アボジは予め、「条件付き」の神様の夫人であることを警告されていました。
神様がご覧になったとき、独生女を崇める家庭連合の食口はどのように映るでしょうか。
神の夫人となるための責任を果たしていないのに「無条件に」崇めるのは、馬鹿げた行動だとお諫めになることでしょう。


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アベル女性UN創設大会に母はいなかった

家庭連合の食口にとって、心情的に絶対受け入れられない内容があります。
「最終一体」が宣布された真の父母は、一体ではなかったという指摘です。

かつてアベル女性UN創設大会の動画が、サンクチュアリ教会によって拡散されたことがありました。
アボジ聖和直前のできごとですが、アベル女性UN創設大会において、アボジ自ら基調演説を講演されました。
ところが講演文を読んでいたアボジが突然原稿にない言葉を叫ばれ、不快感を露わにされたというできごとです。



満場の参席者の前でオモニを叱責したかに見えるこの動画のインパクトはすさまじく、教理研究院は素早く公式見解を出したことを思い出します。

虚偽に満ちた金鍾奭著『統一教会の分裂』 軌を一にする郭錠煥著『事必帰正』でも、『統一教会の分裂』で引用されたみ言葉を茶色で、それ以前の省略されている部分を青色で表示し、分派の解釈は恣意的で悪意があると主張します。

引用開始
第三章 「韓鶴子の不従順」の誤り
(18)「母のいない神」を信じてきた愚かさについて(2012年7月16日)
「大会の前に、私の話を約30分間、前提として話してから、結果としての話を始めます。…今に至るまで、数多くの宗教がありますが、父なる神様を信じる宗教にはなりましたが、①母のいない宗教を信じてきたという恥ずべき、恥ずかしさをこの時間に爆発させ、その歴史的な、あってはならないその悲運の痕跡を取り消すために、ここに現れた・・・私の歩む道は、平坦な道ではありませんでした。…
 A編の天地人真の父母定着実体み言葉宣布天宙大会も、B編のアベル女性連合創設大会基調演説。②アベル女性、女性、母がいません。父なる神様は知っていますが、③母のいない父を自分の神様だと言って争い、奪い合う闘いをするこの教団どもの愚かさと国の権威の喪失を、誰が是正してあげるのですか。
 ・・・B編がアベル女性UN創設大会です。④アベル女性UN創設大会に現れる母がいません。母を失ったのは誰のせいですか。アダムが責任を果たせずに、母を失いました。
 アベル女性UN創設大会の基調演説、よく聞きなさい。先生の一生の重要性は、母自体が父を追い払い、天地を追い払い、逃げてきた家から訪ねてきて、侍ることのできる教育を私が準備したので、母を再創造して、いくら反対したとしても、母を満天下に、神様の・・・。夜の神様、昼の神様、一つになって、創造主の母の位置に立ててみせようという、鉄石のように固い、定州の谷間・・・」

引用終了

教理研究院は、「アドリブ発言」の前にこのような前置きがあったことを伏線的に説明します。
この前置きには「母がいない」という言葉が繰り返し出てきますが、二つの異なる意味で使用されています。

①母のいない宗教を信じてきたという恥ずべき・③母のいない父を自分の神様だと言って争い
→真の父母が出現しないので、神が本然の姿で顕現できない困難な事情

②アベル女性、女性、母がいません・④アベル女性UN創設大会に現れる母がいません
→創設大会に現れるべき、本然の女性がいないことへの嘆き

教理研究院は前者を「母なる神様」が現れない“神観の問題”であると説明しますが、そこはまあ良いでしょう。
問題は後者で、「アベル女性UN創設大会に現れる母が」と限定している以上、「本来登壇すべきだった母」の存在、つまりオモニのことではないかと推察されます。
ところが教理研究院は、以下のように反論します。

引用開始
 しかし、これも真のお母様を否定しておられるみ言葉ではありません。この「アベル女性UN創設大会の講演文の冒頭で、お父様は聴衆に対し、「私の妻である韓鶴子総裁と共に、心から歓迎いたします」と繰り返し述べられ、「韓鶴子総裁と共に」「私たち夫婦」「真の父母」という表現を繰り返し語っておられることを考察すれば、このみ言葉が「真の父母の不在」について語っておられるものでないのは明白です。
引用終了

この大会に参加された婦人から聞いた話ですが、参加者はてっきり基調演説でオモニが登壇されるものだと期待して、会場で待機していたそうです。
ところが開式の前にアボジがステージで、「なぜ私のことをそんなに嫌うのか!」と悲痛な叫び声を発する姿を目撃して、固唾を飲んで見守ったのでした。
その後基調演説ではアボジ自ら登壇され、冒頭の「前提」について語られたという経緯です。
そのような文脈から改めて上記文章を読み返すと、教理研究院の説明は場当たり的な言い逃れにしか聞こえません。

②と④は他ならぬオモニの不従順(基調演説すら拒否したので、やむなくアボジが登壇された)を意味し、その結果として③(真の父母不在から神が本然の姿を顕現できない)を誰が是正できるのか、と悲痛な叫びを発しておられるようにも聞こえます。

なお、冒頭の動画にある「アドリブ発言」は以下の箇所です。

引用開始
私たち夫婦が二十年前、女性連合の創設時に明らかにしたメッセージの精神に従い、勝利した世界的な女性代表である真のお母様(チャムオモニム)に侍り、お母様(オモニム)を私が育ててきました。母(オモニ)がいません。文総裁の妻の位置もありません。自分勝手、自分勝手です。世界的な女性代表である真のお母様に侍り・・・
引用終了

これに対する教理研究院の反論は、読んでいるこちらが恥ずかしくなる程稚拙で、苦しい言い訳に終始しています。

引用開始
 もし、この部分の「母がいません」が、韓鶴子総裁であると仮定するなら、その直前で「勝利した世界的女性代表である真のお母様に侍り」なさいと言っておられるにもかかわらず、その侍るべき“母”がいないという話になってしまうため、話が矛盾したものとなります。これでは、存在しない「母」に対して「侍りなさい」と命じる、全く意味不明な論述となります。
引用終了

アボジは講演文を途中で中断して、アドリブで語られたからこそ、「意味不明」に聞こえるのです。
元々講演文にあったのは「真のお母様に侍りなさい」という命令文ではなく、女性連合の会員は総裁である真の母に侍る道理があったという歴史の紹介のことです。

人類の母として、模範となるべき方であったにも関わらず、その方を立てるために苦労してきた恨の心情が込み上げてきて、(願われたように行動しないオモニを前に)感情を爆発させたと捉えるのが自然です。

引用開始
「自分勝手、自分勝手です」と叱責しておられるのは、女性一般に対し、さらには、父のいない神様を信奉してきた人類に対して「自分勝手、自分勝手です」と語っておられるのです。
 事実、真のお父様が語っておられる映像を見ると、このときに会場の聴衆に向かって語気を強くして語っておられることからも、そのことが分かります。だからこそ、お父様は、聴衆に向かって再度、勝利された「世界的な女性代表である真のお母様に侍り(なさい)」と繰り返し語られ・・・
引用終了

その場の雰囲気を知らず、韓国語を理解できない日本食口にしか通用しない、稚拙な反論でしかありません。
この大会でオモニは終始、苦虫を噛み潰したような不機嫌な顔で座っておられたそうです。
アボジがそのオモニに面と向かって叱責されなかったのは、むしろ幸いと見るべきでしょう。
それまでもそれ以降も忍耐に忍耐を重ねて、心変わりしてくれるはずだと信じて愛されたのだから…

私は教理研究院の反論を一通り読んで、抱いた感想があります。
アボジは最後まで神の人として、オモニの手を放さずに愛し尽くされたのだということです。
私自身つい最近まで、アボジが愛されたオモニを「信じたい思い」を断ち切れませんでした。

祝福家庭が愛し侍る方は、アボジと愛で一つになったオモニであるべきです。
「最終一体の真の父母は間違えたりしない」と頑なに心を閉ざし、「真の母は実際には責任を果たしていない」という現実から眼を背けることが、神が喜ばれる信仰なのでしょうか。

人類初の真の家庭は、ボロボロに傷ついています。
雲に乗って来られるイエス様を待ち望むような信仰で、再会を果たすことができるはずもありません。


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“秘密文書”の約束は果たされなかった

虚偽に満ちた金鍾奭著『統一教会の分裂』 軌を一にする郭錠煥著『事必帰正』は、全体的に同じような構成をしています。

『統一教会の分裂』で引用されたみ言葉を茶色で、その前後や省略されている部分を青色で表示し、茶色の方が恣意的で悪意のある解釈をしていると批判するのです。

み言葉は特定の対象に向けて、一定の文脈の中で語られるものです。
言葉尻を捉えて恣意的な引用をすれば、間違った主張に正当性が与えられてしまうという説明はその通りだと思います。
教理研究院は、「創始者は韓鶴子と一体になれなかった」という金鍾奭教授の主張に反論することができたのでしょうか。

引用開始
②み言葉隠蔽に基づく“秘密文書”の悪意の解釈
「見なさい、天暦2010年5月15日、これがナンバー1です。アリア(ホテル)から出発した最後の日に訓示したものです。…その日が重要です。それがお母様とお父様が最後に宣言した秘密文書です。これは昼夜の神様も知らないものです。天暦2010年5月15日3時25分とは何なのか。その時の出来事を中心に、その後の方針を密かにお母様と約束しました。間違いなく、お母様がお父様と一体となって歩むと約束した時間です。
 それまでは、お母様がお父様と一つになって行くという話をしませんでした。神様と世界に公布できませんでした。それを公布した時間が、天暦2010年5月15日午前3時25分でした。…
 堕落した世界の終幕前においてお母様がお父様と神様を中心として約束しましたが、それが天暦2010年5月15日の出来事でした。それが題目になっています。…
(統一世界2010年6月号10~11ページ)
引用終了

金鍾奭教授はこのようなみ言葉を引用して、オモニがアボジと「一体となって歩むと約束した」内容が“秘密文書”に書かれていると解釈します。
教理研究院はそれに対する反論として、“秘密文書”の具体的内容が後述の青字文章に書かれていると説明します。

引用開始
3時25分にオモニをオモニとして定めます。ハナニムオモニ、実体のオモニ、真の父母のオモニ、アボジのオモニ、自分妻、自分のハルモニ…。アボジ、自分の夫、カインとアベルの息子二人まで八代男性を踏んで越え女性の権威を持たなければ、先生に従って天国に入れないとう理論的な結論です。ここに、該当する文書が全てあります。文書は守らなければならないというのです。」(統一世界2010年6月号12ページ)

金鍾奭氏は、秘密文書の約束を守らなければ「この宣布は無効になるという意味も含まれている」(『統一教会の分裂』180ページ)と述べますが、真のお父様はそのような言葉を一切語っておられません。
金鍾奭氏は「…八代男性を踏んで越え女性の権威を持たなければ、先生に従って天国に入れないという理論的な結論です。ここに、該当する文書が全てあります。文書は守らなければならないというのです。」の部分をもって、秘密文書の約束を守らなければ「この宣布は無効になるという意味も含まれている」と主張しているのかもしれませんが、お父様が語られているのは、真のお母様が先生に従って天国に入るためには、「(お母様が)…八代男性を踏んで越え女性の権威を持たなければ」ならないので、「3時25分にオモニをオモニとして定めます。」と述べておられるのであり、文書が守られることを「オモニと定める」条件などとはしていないのです。
引用終了

私は日常的に文章を書く仕事をしているので、教理研究院の詭弁はすぐに見抜きました。
問題の箇所(青字)の論理構成を見てみましょう。
Aである。BでないならばCではない。ここに文書が全てある。文書は守られなければならない。
A: オモニをオモニとして定める。
B: 八代男性を踏んで越え女性の権威を持つ。
C: 先生に従って天国に入れる。

高校数学で習った論理の話になりますが、日常会話で使用する「条件」という言葉は、論理学の必要条件のことです。
そして「BでないならばCではない」の対偶(たいぐう)が、「CであるならばBである」であり、「Cであることの必要条件はB」と言い換えます。

金鍾奭教授はこの文章を「天国に入れる(C)必要条件は女性の権威を持つこと(B)」だと正確に読み取っており、何の問題もありません。
奇妙なのは、教理研究院の解釈です。
引用開始
お父様が語られているのは、真のお母様が先生に従って天国に入るためには(必要条件は)、「(お母様が)…八代男性を踏んで越え女性の権威を持たなければ」ならないので、(そのための必要条件は)「3時25分にオモニをオモニとして定めます。」と述べておられるのであり、文書が守られることを「オモニと定める」条件などとはしていないのです。
引用終了

再度文章の構造を確認すると、
Aである。BでないならばCではない。でした。
教理研究院はC→B→Aと拡大解釈していますが、そこは問題ないでしょう。
「A: オモニをオモニとして定める」は、「B: 八代男性を踏んで越え女性の権威を持つ」ための必要条件であり更に、「C: 先生に従って天国に入れる。」ための大前提だという意味となります。

どうやら教理研究院は、「必要条件」と「十分条件」を真逆に理解しているようです。
仮に論理構成がA→B→Cであれば、確信に満ちた彼らの反論も理解できます。
つまりアボジは既に「A: オモニをオモニとして宣布なさった」のだから、自動的に「B: 八代男性を踏んで越え女性の権威を持っ」たことになるのであり、「C: 先生に従って天国に入れる。」なんて議論の余地もないのだと。

そもそも“秘密文書”というくらいですから、その詳細が明らかになるはずもありません。
アボジは論理構造だけ示され、
「A: オモニをオモニとして定める」のは最低限必要だからやるしかないが、それで自動的に「C: 先生に従って天国に入れる。」訳ではないよ!と釘を刺されているのです。

茶色字の引用にあるように、約束とはアボジとオモニの二人でなされたものですから、“秘密文書”とはAではなく、「B: 八代男性を踏んで越え女性の権威を持つ」を実現することを、オモニがアボジと約束された具体的内容と捉えるのが自然です。

何かの宣布がなされた後、「自動的に」摂理が完了するという信仰は、人間の責任分担を無視した非原理的な考えです。
「真の父母最終一体の宣布」は、基元節を神様にお捧げするために絶対必要だったのでなされたに過ぎません。

その後オモニが約束を破った(B×)としたら、Cは実現しませんが宣布は宣布としてそのまま残るのです。
教理研究院は「真の父母一体宣布」を金科玉条のごとく振りかざし、み言葉が自動的に成就するような間違った考えを指導してはいけません。



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「公開討論」は始まっている?ならば私も参加しよう

家庭連合の教理研究院から、「虚偽に満ちた金鍾奭著『統一教会の分裂』—軌を一にする郭錠煥著『事必帰正』」という本が出版されました。

これを受けて、著者の金鍾奭教授が「日本の教理研究会が嘘を暴露!」と題する動画をアップし、教理研究院に対して公開討論を提案します。



その後「真の父母様宣布文サイト」で、金鍾奭氏の「公開討論の呼び掛け」に対する応答というページが更新されました。

引用開始
教理研究院としては、「何を今さら、寝ぼけたようなことを言っているのか!」というのが率直な気持ちです。「公開討論」はすでに始まっています。・・・教理研究院は今回、金鍾奭氏に対し、金氏が書籍を出版・公開したのと同じように、真摯に応答したのです。
 ですから、金鍾奭氏は、今回の教理研究院の書籍の内容に対し、「独り子」「独り娘」に限らず、他の部分についても〝再反論〟をすればいいだけのことです。
 そうすれば、教理研究院も真摯に、さらに応答します。
引用終了

通常「公開討論」と言えば、第三者が大勢視聴する中でリアルタイムでなされるものですが、教理研究院の考えは違うようです。
批判本を出版したことをもって討論が開始されたとみなし、以降反論があれば「真摯に」応対すると述べています。

私はオリジナルの「統一教会の分裂」を読んだことがないのですが、「公開討論」に興味があるのでさっそく購入しました。
光言社オンラインショップ(「立ち読み」をクリックすると、目次と導入が少しだけ読めます)

序章
第一章 UCIの誤った原理観
 第一節 文顯進様の〝統一教会の伝統〟に関するアイデンティティの誤り
 第二節 UCIの非原理的言説
第二章 UCIの誤った摂理観
 第一節 み言の誤った解釈や隠蔽による虚偽
 第二節 UCIが主張する恣意的摂理観
第三章 「韓鶴子の不従順」の誤り-十八のみ言の検証
第四章 〝虚偽まみれ〟でも、宗教学者を自称する金鍾奭氏
 第一節 虚偽の出典表記とみ言改竄の実態
 第二節 存在しないみ言を騙るUCIの〝虚偽〟
 第三節 「真の家庭の分裂の原因が韓鶴子」という虚偽

ざっと目を通しましたが、一番気合いが入っているのが第三章です。
金鍾奭教授は2000年以降の18のみ言葉を引用して、晩年オモニがアボジと一つではなかったことを結論したのですが、それらをことごとく覆そうとする試みです。

皮肉なことに、私にとってこの試みはかえって逆の効果をもたらしました。
「統一教会の分裂」を読んだこともない私が、逆に金鍾奭教授の方が正しいと確信してしまったのです。

家庭連合に限らず、宗教は本体論を整備することで理論武装します。
「本体論」はここでは、共同体が依って立つ信仰の中心のことです。

いまの家庭連合の本体論は、宇宙を創造なさった神様の話ではありません。
「最終一体宣言で一つとなった真の父母様」という概念に取って代わられています。

「宗教なんてしょせんそんなものだ、他人の信仰にとやかく口を出すべきではない」という考えがあります。
家庭連合が人間の思惑で運営される一新興宗教であれば、それは正しいのかもしれません。

しかし私は祝福という神の契約を交わした兄弟姉妹に、伝え続ける義務を感じています。
塩が塩の味を失っては、絶対にいけないのだと。
次回以降、「最終一体宣言で一つとなった真の父母様」を本体とする間違いについて、説明を試みます。


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天一国創建特別祝福式の証

8月18日に顯進様の特別祝福式に参加しました。
中継の音声が旨く伝わらなかったこともあり、式時代はあっけなかったのです。
しかし時間が過ぎるごとに恩恵を実感するようになったので、証として書き留めることにしました。

6月くらいから、蕩減を清算させるような出来事が連続しておきました。
高校に合格した長男は5月病をこじらせてしまい、教育に関して妻と意見がことごとく対立しました。
年上の部下の面倒を7年間見ていたのですが、はじめからおわりまで反発されっぱなしで、遂にこちらの誠意が伝わることはありませんでした。

実際のところ、この部下ははじめから窓際人事を宣告されていたのです。
私自身が過去にパワハラで苦しんだ経験から、「人は必ず変わるはずだ」と信じて尽くしてきたのでした。
私はストレスから冠動脈攣縮(安静時狭心症)を患い、人事課の配慮で再度異動させることになったのです。

ところが部下は腹いせにPCの業務データを全消去してしまい、周囲には「ずっとパワハラを受けていた、厄介払いで追い出された」と言いふらす始末です。
「厄介者の汚名返上」をさせるために、どれだけ尽くしたのかというのか・・・
周囲からは、「発達障害とかサイコパスの類だから関わるな」という慰めの言葉ももらいましたが、地獄の住人とはこういう人のことを言うのかもしれません(真心が全く伝わらない)。

そんな折、自転車で帰宅途中に突然空が暗くなり、ゲリラ豪雨に見舞われました。
目の前で轟音と共に落雷があり、「私が雷に打たれて死んだら、『お母様を裏切った分派に天罰が降った』と悪態をつかれるだろうな」と苦笑いしたものです。
ずぶ濡れで自宅に到着すると、中継参加用の聖酒が郵送されていました。

聖酒式と祝福式の間は、帰省で慌ただしくしていたこともあり、殆ど印象に残ってないのです。
しかし祝福式を厳粛に進行される顯進様夫妻を拝見して、「よくぞここまで倒れず歩んで下さった」と感謝の思いで一杯でした。
今度こそ、空想ではなくリアルの天国実現を目撃できる、歴史の証人となれるのです。

また何より感謝だったのは、家庭連合に背を向けることが分かっていながら、妻が祝福式に参加してくれたことです。
祝福問答を唱和しながら、「ここから改めて出発なのだ」と覚悟を決めました。

祝福式の後は、家庭のこと、職場のこと、もつれた糸をほぐすように少しずつ解決に向かっています。
裏切る人もいましたが、それ以上に支えてくれる人の存在が大きいからです。

今回の恩赦にあたって、家庭連合とサンクチュアリ教会の食口に宛てて手紙をしたためました。
対象と言葉を慎重に選んだつもりですが、呼びかけに応えてくれた兄弟姉妹はついぞ現れませんでした。
南下の路程で食口宛ての手紙を破いたアボジの心情を、少しだけ垣間見た思いがしました。

しばらくご無沙汰していたブログも、私自身の信仰を整理するために再会したいと思います。
以下のようなテーマの記事を予定しています。

・真の父母最終一体宣言と「秘密文書」
・真の母の「3%の責任分担」
・「第4アダム」というみ言葉の考察


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プロフィール

善きサマリア人

Author:善きサマリア人
ホームチャーチは21世紀の宗教改革です。家庭連合・家庭平和協会・サンクチュアリ教会など教派を問わず、ホームチャーチを実践する祝福家庭を応援します。
ホームチャーチの証・祝福二世教育・聖書研究・社会情勢や日常のつぶやきなど。

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